「テストの点が悪いと怒られる」の本当の意味

テストの点が悪かったからまた怒られる・・・

 テスト前やテスト返却時によく聞く生徒の嘆きです。
 『テストの点が悪いから怒られる…、』
 この嘆きのセリフを聞くと、一瞬ドキっとするんですね。

 ロクに勉強もせずテストを受けたなら当然なんですが…。まぁたいていこういう嘆き節を披露してくれるのは、「勉強した気になっているだけの生徒なんですけどね。
 でもその一方で、しっかり勉強したのにも関わらずテストの点数が悪かったなんてことがあるのもまた事実。するとその場合、「頑張りが報われなかった」のと「怒られる」のとで2回精神的に落ち込むことになります。さすがにこれでは生徒にとって辛すぎる。

 保護者と生徒の間では怒る・怒られるの関係が一応成立していますが、客観的に保護者と生徒の関係を見てみると、なぜテストの点数で怒る・怒られるの関係が発生するのか謎に見えることもあります。
 
 今回はこの「怒ること」について、それが本当に子どものためになっているのかを考えていきます。
 子どものテストの点数が悪いとつい怒ってしまう方は、怒るの意味を考えてみてください。

怒ると叱るの違いは何?

 「怒ると叱るの違いは何?」と聞かれたことがありませんか?
 もし聞かれたら何て答えます? ちょっと真剣に考えてみて下さい。

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 答え、出せました?


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 おそらく次のように考えると思います。
 「怒る」の方は感情的にものを言うこと
 「叱る」の方は諭すようにして注意すること
 
 たぶん2つの言葉の意味はそういうことだと思うんですね。

 で、辞書にはだいたい次のような感じで書いてあります。
 「怒る」…不満なことがあって我慢できない気持ちを表す
      腹を立てること
 「叱る」…相手のよくない言動をとがめて強い態度で責める
      諭して相手の態度を改めさせる

 ここで改めて怒ると叱るの違いを考えてみます。
 まず感情的か理性的かという違いがあります。
 そして、怒るは自分の感情を表すことが目的だけど、叱るは相手の行動の変化を目的としているという点で違いがあります。
 でも、もっと決定的な違いも見えてきます。

 例えば怒る時。腹を立てて何かに当たったりすることありますよね。それが身近な人に対してなんてこともあると思いますし、身近な物に対してなんてこともあると思います。枕を投げたり、のほほんとしたクマさんのぬいぐるみに八つ当たりしたり…。壁にできた穴はおそらく怒りのあまり壁をパンチした時にできたものですよねぇ?

怒る度に穴をあけられては壁がかわいそうです。

 次に叱る時。叱るとは諭す、とがめるといった意味でした。なので身近な人に叱るというのは成り立ちます。
 では身近な物に対して叱るのは? つまり身近な物に対して諭す・とがめるのは?
 枕に諭してもしょうがないですよね。「よく眠れないのはお前(枕)がふわふわしてるからいけないんだぞ」なんて言ったって何もならないです。
 クマさんのぬいぐるみに何かとがめてもやっぱりのほほんとしたままだし、壁には耳があるらしいですがやっぱり聞いてくれません。
 つまりどういうことか。

フワフワしすぎなのよ、枕。
どんなに八つ当たりしてものほほん

「怒ること」は1人でもできますが、「叱ること」は相手がいないとできません。

 極端な話、怒ることは自分の感情が高ぶったらいつでもどこでも自由にできるわけです。
 でも叱ることは、叱る相手がいないとできません。だからいつでもどこでも自由にとはいかない。
 ここに決定的な違いがあります。

 つまり不快な感情をむき出しにして腹を立てることは1人でもできるけど、感情を抑えて相手を諭していくことは必然的に相手がいないと成立しない。

 ここで冒頭の生徒の嘆きのセリフを考えてみて下さい。
 『テストの点が悪いから怒られる…、』
 
 テストを受けるのは生徒です。怒るのは保護者です。悪い点を取った時点で生徒としては気分的にあまりよろしい状態ではない。そこへ保護者の不快な感情を怒りとしてぶつけられるわけです。すると生徒としては気分的に滅入ってしまうし嘆きのセリフも吐きたくなりますよ。

勉強はするかもしれないが・・・

 ここでもう一歩踏み込んで考えて下さい。生徒も気分的に滅入るのは嫌だからそうならない様に改善していくことにはなるでしょう。つまり勉強はするでしょう。ただここで気をつけておきたいのが勉強する動機です。
 怒られたくないから勉強するということになります。言いかえると、「保護者に不快な感情をぶつけられたくないから勉強する」ということになります。さらに言ってしまえば、

「保護者の機嫌を悪くしないために勉強する」

ともなってくるんです。
 これってもう自分のための勉強じゃないですからね。もはや勉強でもない。単純に、教科書に書いてあることを頭にインプットするだけの作業をすることになるんです。
 当然そのような動機づけのもとにインプット作業をしたところでたいして覚えることなんてできないし、覚えてもテストが終わったらすぐに頭から消去されますよ。だから後に続かない。本来覚えたことをつなげていって1つの大きな知識とすべきものが、小さい1つ1つの断片的な要素で終わってしまう。で、その要素がすぐに消去されてしまう。

 つまり「保護者の機嫌を悪くしないために勉強する」生徒は、「怒りの感情をコントロールしない(できない)保護者の面倒を看るために、頭にインプット作業をしている」ということにもつながってくるのです。これじゃ覚えられるものも覚えられないですよ、インプット作業(勉強)以外のことに神経を使うんだから。これは多くの生徒を見てきて断言できます。

 なので結局「テストの点が悪かったからといって怒るのはやめましょう」ということになるんですが、実際問題としてその状態を放置しておくのもまたよろしくない。
 テストの点が悪いのは勉強不足による所も多いですから、やはり勉強するように行動の変化を促す必要はある。
 じゃぁどうすればいいのかということになりますが・・・。

 先に怒ることは1人でできると書きました。ということは、その怒りを生徒にぶつけることも方法としてありますが、逆に怒りの感情をコントロールして別の形に置き換えていく方法だってあります。
 つまり、行動の変化を目的とする「叱る」ことをしていけばいいのです。

叱るために必要なこと

 叱るためには、叱る側が理性的になっていないとできません。感情的になっていては怒ると同じですから、そこはうまく感情をコントロールする必要があります。
 そして叱る目的は行動変容ですから、叱る時には勉強に向かうための方法を生徒に提案していく、あるいは一緒になって考える。このことが重要です。どんなに優しく諭したとしても多少は怒りの感情は含んでいるものですから、ダメ出しばかりでは結局怒っているのと何ら変わりはない。なので今後どうしていけばいいかを提案するのは大切です。

 今回は怒ることを中心に書きましたが、「怒る」については心理学的な視点から考えた時に、もう少し紹介しておきたいことがあります。
 次回も引き続き怒ることについて書いていきます。




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